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東京地方裁判所 昭和48年(むのイ)732号 決定

主文

本件準抗告の申立を棄却する。

理由

第一、本件申立の趣旨は、「東京地方検察庁検察官藤永幸治が昭和四八年六月五日申立人に対し、同検察官から具体的指定書を受け取りこれを持参して世田谷警察署係官に交付しない限り申立人と被疑者との接見を拒否する処分」を取消すというにあり、その理由は準抗告申立書に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

第二、当裁判所の判断

一、事実調の結果によると次のような事実を認めることができる。すなわち

(1)  本件被疑者は、昭和四八年六月一日、頭書被疑事件によって逮捕され、これに引続いて代用監獄たる警視庁世田谷警察署に勾留されたものであるが、申立人は右被疑者の弁護人となっているものであること。

(2)  申立人は、昭和四八年六月五日午後四時五五分ころ右世田谷警察署に赴き(事前に検察官とは連絡なし)、本件被疑者との接見を申し出たこと、同署係官は、本件担当の藤永検察官に電話でこの旨を伝えたので、同検察官は、取敢えず警察官による被疑者取調状況を聴取したところ、警察官から、これから取調べる予定である旨回答を受けたので、電話で申立人に対し、「検察官としては取調べる予定はないが、警察官がこれから取調べるというので、できればその取調終了後または明日接見してはどうか、それでよければ具体的指定書を作成するから接見の日時打合せと指定書受領のため来庁願えないか」旨申し入れたが、申立人は「指定書は違法であるから取りに行かない」と云って電話を打ち切ったものであること。

(3)  右警察署の捜査担当者は、同日午後五時以降本件の被害者が出頭する予定であり、その関連で被疑者も取調べる予定であったが、結局同日中には右被疑者が連絡なしに出頭しなかったため、被疑者の取調はなかったこと、および申立人は右警察署の係官と若干の応酬を重ねたあと同警察署を退去したものであること、以上の事実が認められる。

二、右事実に照らせば、検察官としては、いまだ接見に関する具体的な指定処分に至らないまま、申立人との接渉が打ち切られたものと理解したのに対し、申立人としては、具体的指定書の持参がない限り接見を拒否されたものと受けとめたものと見ることができる。検察官としては、申立人の「今直ちに接見したい」旨の希望を、警察の取調終了後か明日にしてはどうかと申立人に再考を促した段階にあったというのであるから、申立人の接見申出を拒否したものと解すべき事実はないことになり、従って前記電話による交渉過程で、検察官が具体的指定書云々と述べた点も、申立人からの右再考を促した点に関する回答を得たうえで行うことを前提として予定を述べたものと解することができるから、本件申立はその前提を欠いたものと云うべきである。

もっとも、申立人としては、いわゆる検察官の具体的指定書持参の件は違法のものであるとの見解から、仮りに当日警察官の取調終了後でも接見したい旨申し出、これを受けた右検察官がその旨の指定書を作成するから持参されたい旨伝えても、恐らくはその受領を拒否し、延いては接見を拒否された旨主張するであろうことは推測に難くないところである。そこで、この点につき若干付言する。なるほど、申立人指摘の如く、検察官のいわゆる具体的指定書を持参しない限り、被疑者との接見を禁止する処分を違法であるとする裁判例のあることは事実であるが、これを違法としない裁判例の存することも当裁判所に顕著な事実である。おもうに、刑訴法は、同法第三九条第三項に定める検察官の指定権行使につきその方式を特に定めていないのであるから、この点は検察官の裁量にまかせたものと解すべきである。そして、検察官の接見に関する処分につき、その方式、手段自体をとらえてこれを違法とするには、その方式、手段自体が、被疑者の防禦権を不当に制限する、換言すれば検察官の処分がまかせられている裁量の範囲を著しく超えた場合を指すものと解すべきである。ところで、検察官のいわゆる具体的指定については、書面による方式のとられる場合の多いことも事実であるが、このことは、検察官がいわゆる接見の具体的な指定をなすにあたって考慮すべき、被疑者の留置場所、弁護人との場所的関係、接見の必要性、緊急性等の判断に必要があると解されるのみならず、接見自体にあたって予想され得る紛糾等を未然に防止し得る点や事柄を明確にできると云った利点の存することも肯認できるところであって、書面方式を一律に違法とする合理的な根拠は見当らないと云うべきである。検察官の指定方式がその許された裁量の範囲を著しく超えないものである以上、その結果もたらされる若干の不便はこれを受忍すべきものと解さざるを得ない。今、本件において、前記に仮定問題として触れた段階までに至ったことを想定した場合でも、前記認定の事実、経過ならびに申立人の見解から推測されるその際の申立人の態度等に照らせば、検察官による書面指定方式が直ちに右裁量権の範囲を著して超えた処分であるとは解せられない。

よって、本件申立はその理由がないから刑訴法第四三二条、第四二六条第一項により主文のとおり決定する。

(裁判官 門馬良夫)

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